ヴァン・ドッグス「ヘイ・ガール」
ヴァン・ドッグスの2枚目のシングルでイタリアのI Ribelliという
バンドのカバーらしいがオリジナルをまだ聞いていない(さらに
大元はブッカーT&MGズ「グリーン・オニオン」というインストナンバー)。
1967年8月発売。

ヴァン・ドッグスの特徴である粘っこいオルガン(この時期の担当は
千葉正建)をこれでもかというほど前面に押し出したナンバーで、
本来ダンサブルなはずなのにもっさりしたリズムと泥臭いコーラ
スが、欧米とは全く異なるジャパニーズロックの究極の形態を示して
いる。
ヒットするには地味な楽曲だろうけど、インパクトは非常に強い。
B面「天使は眠らない」はよく聞くとワルツっぽいリズムの当時と
しては変わった曲。細かくリズムを刻むギターの音が小気味いい。
前期4曲の中では一番ロック色が少なく、歌謡曲臭が漂うが曲構成は
よくできている。
このバンドはこの2枚とインストもののアルバム1枚(ただし翌年に
出たアルバム「花のサンフランシスコ」は関与が疑われている)を
残してメンバーが再編され、翌1968年にはややアイドル色の強い、
歌謡ポップス系のグループとしてレコードを出していく。
バンドのカバーらしいがオリジナルをまだ聞いていない(さらに
大元はブッカーT&MGズ「グリーン・オニオン」というインストナンバー)。
1967年8月発売。

ヴァン・ドッグスの特徴である粘っこいオルガン(この時期の担当は
千葉正建)をこれでもかというほど前面に押し出したナンバーで、
本来ダンサブルなはずなのにもっさりしたリズムと泥臭いコーラ
スが、欧米とは全く異なるジャパニーズロックの究極の形態を示して
いる。
ヒットするには地味な楽曲だろうけど、インパクトは非常に強い。
B面「天使は眠らない」はよく聞くとワルツっぽいリズムの当時と
しては変わった曲。細かくリズムを刻むギターの音が小気味いい。
前期4曲の中では一番ロック色が少なく、歌謡曲臭が漂うが曲構成は
よくできている。
このバンドはこの2枚とインストもののアルバム1枚(ただし翌年に
出たアルバム「花のサンフランシスコ」は関与が疑われている)を
残してメンバーが再編され、翌1968年にはややアイドル色の強い、
歌謡ポップス系のグループとしてレコードを出していく。
ブルー・コメッツ「ミッドナイトスペシャル」
アナログで出された最後のシングル盤。1984年8月発売。

この時はジャッキー以外はみんな若い(30歳前後か?)メンバー。
ちょうどシティポップスとかアダルト寄りのニューミュージックが
出てきた頃で、この曲もそれにあったAOR路線。とはいうものの、
正直いって気障とか好センスとは言いがたい、妙に若作りしている
ような妙な居心地の悪さを感じてしまう歌謡ポップス。
エレキギターが80年代特有のペナペナした音を発している。
作詞:ポール山際、作曲:朝木勇童という人なのだが、不勉強
ながら全く他の事績を知らない(作曲の人はGoogleで検索すると
同姓同名のミュージシャンが出てくるのでおそらく同一人物かと
思われるが)。
B面「少女」も大人しすぎるニューミュージック寄りの歌謡
ポップス。
たいしたヒットにはならず、その後各地のディナショーなどの
バンドとして活動していたが、やがて60年代全盛期のオリジナル
メンバーでイベントやテレビ出演が多くなってくるといつのまに
かそちらが主体となり、この若手メンバーは消えていったようで
ある(90年代の何時ごろかは不明だがこの若手メンバーで私の
地元のホテルでショーをやっているのを広告で見た記憶がある)。

この時はジャッキー以外はみんな若い(30歳前後か?)メンバー。
ちょうどシティポップスとかアダルト寄りのニューミュージックが
出てきた頃で、この曲もそれにあったAOR路線。とはいうものの、
正直いって気障とか好センスとは言いがたい、妙に若作りしている
ような妙な居心地の悪さを感じてしまう歌謡ポップス。
エレキギターが80年代特有のペナペナした音を発している。
作詞:ポール山際、作曲:朝木勇童という人なのだが、不勉強
ながら全く他の事績を知らない(作曲の人はGoogleで検索すると
同姓同名のミュージシャンが出てくるのでおそらく同一人物かと
思われるが)。
B面「少女」も大人しすぎるニューミュージック寄りの歌謡
ポップス。
たいしたヒットにはならず、その後各地のディナショーなどの
バンドとして活動していたが、やがて60年代全盛期のオリジナル
メンバーでイベントやテレビ出演が多くなってくるといつのまに
かそちらが主体となり、この若手メンバーは消えていったようで
ある(90年代の何時ごろかは不明だがこの若手メンバーで私の
地元のホテルでショーをやっているのを広告で見た記憶がある)。
ブルー・コメッツ「何処へ」
ブルー・コメッツの7枚目のシングルで1966年12月発売。

彼らのオリジナル作品の中では珍しい、作詞作曲ともプロ作家による
ものだが、これはテレビドラマの主題歌として起用されたというか、
主題歌が先にあったためだろうと思われる。
とはいえ、コーラスの使い方などはやはりブルコメサウンド全開で
なんら違和感ない雰囲気に仕上げているところはさすがというべきか。
そのドラマは日本テレビ系「何処へ(いずこへ)」で、彼ら自身も
「ブルー・スターズ」というバンド名で出演しており、動画サイト等で
見ることが出来る。
全体に青春歌謡風のさわやかなサウンドで、当時の健全な青少年の
世界を表現している、のかもしれない。珍しく井上と三原がソロを
とっている。
大ヒットはしたのだが、日テレの主題歌だったため逆に他のテレビ局
での演奏は余り行われなかった模様。
B面の「センチメンタル・シティ」は橋本淳・すぎやまこういちの
黄金コンビだが、藤浩一(後の子門真人)の「故郷の悲しき星」と
歌詞違いの同曲とのこと(未聴)。こちらの方がよりブルコメらしく
出来ているのは、やはりすぎやまこういちという作曲家の手腕による
ものだろう。ただし非常に短い曲であっという間に終わってしまう
感覚が残るのが残念。

彼らのオリジナル作品の中では珍しい、作詞作曲ともプロ作家による
ものだが、これはテレビドラマの主題歌として起用されたというか、
主題歌が先にあったためだろうと思われる。
とはいえ、コーラスの使い方などはやはりブルコメサウンド全開で
なんら違和感ない雰囲気に仕上げているところはさすがというべきか。
そのドラマは日本テレビ系「何処へ(いずこへ)」で、彼ら自身も
「ブルー・スターズ」というバンド名で出演しており、動画サイト等で
見ることが出来る。
全体に青春歌謡風のさわやかなサウンドで、当時の健全な青少年の
世界を表現している、のかもしれない。珍しく井上と三原がソロを
とっている。
大ヒットはしたのだが、日テレの主題歌だったため逆に他のテレビ局
での演奏は余り行われなかった模様。
B面の「センチメンタル・シティ」は橋本淳・すぎやまこういちの
黄金コンビだが、藤浩一(後の子門真人)の「故郷の悲しき星」と
歌詞違いの同曲とのこと(未聴)。こちらの方がよりブルコメらしく
出来ているのは、やはりすぎやまこういちという作曲家の手腕による
ものだろう。ただし非常に短い曲であっという間に終わってしまう
感覚が残るのが残念。
有馬竜之介「土曜日に集まれ!」
廃盤歌謡の代表的なナンバーになった「ハートを狙い撃ち」は
B面曲で、この「土曜日に集まれ」がA面。1969年2月リリースで
GSをやるには半年遅い感じ。

B面の方はCD化されていて比較的容易に聞くことができ、その
混乱した歌詞とヤケクソのようなコーラス、オールスターズワゴン
による狂気の沙汰みたいな演奏で歌謡マニアの間で知られている。
歌謡パンクというかガレージ歌謡の範疇に入るものだ思う。
68−69年の空気でないと製作できない音楽といっていいかもしれない。
しかし当時ラジオなどでかかっていたのは(かけたラジオ局が
あったかは知らないが)A面の「土曜日に集まれ!」の方だった
はずである。
A面B面とも、水沢圭吾作詞、叶弦大作曲、津々美博編曲。
(当時の)現住所が掲載されているのも時代を感じさせる。
A面の方もB面に負けず劣らずで、スピード感こそ薄いながらも
音製作のコンセプトはほぼ同じ。つまり叩きつけるヴォーカルと
ノーティチャップスのまとまりのないコーラス、ヤケクソ感
満載のバック演奏。
歌詞もなかなか素敵すぎて、プレイボーイが教会で数々のナンパを
懺悔する告白歌で、にもかかわらず全く反省していないところが
ミソ。教会をテーマにしているためかバック演奏はどことなく
賛美歌風。歌詞で「神様よ、ぼくたちは、何か何だかわからない」と
歌っているが聞いているこっちも何がなんだかわからない。
情熱的ぽいシャウトといい、スピード感といい、早すぎた西城秀樹と
いった雰囲気を感じる。
知っている限り有馬竜之介はこの1枚きりみたいだし、ノーティ
チャップスもこれ以外で起用されてた形跡がない。
彼らは今どこでどうしているのだろうか。
B面曲で、この「土曜日に集まれ」がA面。1969年2月リリースで
GSをやるには半年遅い感じ。

B面の方はCD化されていて比較的容易に聞くことができ、その
混乱した歌詞とヤケクソのようなコーラス、オールスターズワゴン
による狂気の沙汰みたいな演奏で歌謡マニアの間で知られている。
歌謡パンクというかガレージ歌謡の範疇に入るものだ思う。
68−69年の空気でないと製作できない音楽といっていいかもしれない。
しかし当時ラジオなどでかかっていたのは(かけたラジオ局が
あったかは知らないが)A面の「土曜日に集まれ!」の方だった
はずである。
A面B面とも、水沢圭吾作詞、叶弦大作曲、津々美博編曲。
(当時の)現住所が掲載されているのも時代を感じさせる。
A面の方もB面に負けず劣らずで、スピード感こそ薄いながらも
音製作のコンセプトはほぼ同じ。つまり叩きつけるヴォーカルと
ノーティチャップスのまとまりのないコーラス、ヤケクソ感
満載のバック演奏。
歌詞もなかなか素敵すぎて、プレイボーイが教会で数々のナンパを
懺悔する告白歌で、にもかかわらず全く反省していないところが
ミソ。教会をテーマにしているためかバック演奏はどことなく
賛美歌風。歌詞で「神様よ、ぼくたちは、何か何だかわからない」と
歌っているが聞いているこっちも何がなんだかわからない。
情熱的ぽいシャウトといい、スピード感といい、早すぎた西城秀樹と
いった雰囲気を感じる。
知っている限り有馬竜之介はこの1枚きりみたいだし、ノーティ
チャップスもこれ以外で起用されてた形跡がない。
彼らは今どこでどうしているのだろうか。
マイク真木「バラが咲いた」
浜口庫之助作詞作曲。1966年発売。日本の和製フォークの礎と
なった作品。無論それ以前にもオリジナルは作られていたのだ
ろうけれど、人口に膾炙したという意味では初めてだろう。
※まもさんのご指摘のように、元々はジョニー・ティロットソン
(「涙くんさよなら」も歌っているアメリカ人歌手)の曲用に
つくられたようです。

今聞くと実にシンプルな楽曲で、いかにもフォークでござい、という
のが耳についてしまうのだが、当時の若者の間ではこの曲を聴いて
新しい時代の音楽を体験することが出来たとのことである。
制作方式も当時としては斬新だったようで、原盤制作会社である
新興楽譜出版がビクターレコードの依頼で制作したもの。この後、
GS時代になるとこの制作方式が当たり前になっていく。
黒沢進氏の小山光弘氏(フロッギーズ)へのインタビューによれば、
当時フィリップス傘下の本城和治氏からフロッギーズに対してプロ
契約のオファーがあり、それを彼らが断って代わりに推薦したのが
マイク真木とのことなので、あるいはフロッギーズがプロデビュー
していたらこの歌も彼らが歌っていたかもしれない。
リリースされたこの曲、公称30万枚を売り爆発的なヒット。
これまで和製でこの手のヒット曲がなかったこともあり、第一次
フォークブーム(66−67年くらいまで)の火付け役となった。
イントロが非常に短い。フォークソングの王道どおりの出来で、
アコースティックギターのみの構成。自分が中学・高校くらいまでは
ギター初心者が必ず演奏する歌になっていたようだが、現在は
どうなのだろうか(ちなみに自分は早くもここで挫折して今に
至る(笑))。
残念ながらマイク真木自身はこれ以後は大きなヒット曲はなく、
もっぱらタレントとして活動している。
なった作品。無論それ以前にもオリジナルは作られていたのだ
ろうけれど、人口に膾炙したという意味では初めてだろう。
※まもさんのご指摘のように、元々はジョニー・ティロットソン
(「涙くんさよなら」も歌っているアメリカ人歌手)の曲用に
つくられたようです。

今聞くと実にシンプルな楽曲で、いかにもフォークでござい、という
のが耳についてしまうのだが、当時の若者の間ではこの曲を聴いて
新しい時代の音楽を体験することが出来たとのことである。
制作方式も当時としては斬新だったようで、原盤制作会社である
新興楽譜出版がビクターレコードの依頼で制作したもの。この後、
GS時代になるとこの制作方式が当たり前になっていく。
黒沢進氏の小山光弘氏(フロッギーズ)へのインタビューによれば、
当時フィリップス傘下の本城和治氏からフロッギーズに対してプロ
契約のオファーがあり、それを彼らが断って代わりに推薦したのが
マイク真木とのことなので、あるいはフロッギーズがプロデビュー
していたらこの歌も彼らが歌っていたかもしれない。
リリースされたこの曲、公称30万枚を売り爆発的なヒット。
これまで和製でこの手のヒット曲がなかったこともあり、第一次
フォークブーム(66−67年くらいまで)の火付け役となった。
イントロが非常に短い。フォークソングの王道どおりの出来で、
アコースティックギターのみの構成。自分が中学・高校くらいまでは
ギター初心者が必ず演奏する歌になっていたようだが、現在は
どうなのだろうか(ちなみに自分は早くもここで挫折して今に
至る(笑))。
残念ながらマイク真木自身はこれ以後は大きなヒット曲はなく、
もっぱらタレントとして活動している。




